子育てダンサーkazmagnumの、フランス語つまみ食い生活(海外時事ニュース)

なんとなく独学で始めたフランス語をダラダラ続けながら、 2人の息子(1歳児と2歳ポメラニアン)の育児に踊り狂っております

カテゴリ: 暮らし

こんにちは、カズマグナムです。


長男カズマグナム2号(3歳)が通う予定の幼稚園は、トイレトレーニングが終了していないと通わせることができないのですが、今の所状況は芳しくありません。

そんなこんなで3月で以前の保育園を辞めてしまったため、4月からは預け先がないという今、何とか5月中だけ預けることができる保育園が見つかったのですが、最近は朝の「保育園行きたくない」というグズりに心底参っています。


これが、4月の間どこにも通っていなかったので急な環境の変化に対応できないからなのか、保育園そのものが嫌なのか、誰にでもある年齢相応のグズりなのか、よく分からないのですが、ホント大変。。



一度はギャン泣きしたままで力づくで無理矢理自転車に乗せていったし、一度は駐輪場から一旦家に戻って母親に抱っこしてもらってからもう一回連れて行ったり(ちなみに家はマンションの12階なので、登ったり降りたりするだけで大変。。)、、。

今日は「夜ご飯好きなもの何でも作ってあげる」という母親の言葉で何とか渋々行くことができましたが(それでもめっちゃ嫌そうに)、明日はどうなることやら??



みんなどうしてるんだろー?魔の2歳児、悪魔の3歳児とかいうみたいですが、まさに言い得て妙だな。




ま、とにかく頑張るしかないですね!







てことで今日も記事のご紹介でーす。





↓(CNEWSの記事)

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↓(記事のリンク)

今回の紹介記事






タイトルは、
「彼は誕生日プレゼントのために35人の女とデートした」
という感じでしょうか。





ミヤガワタカシという39歳の男が、複数の女性を騙した疑いで起訴されました。

騙した内容というのは、35人の女性にそれぞれ別の誕生日を教え、1年で35回もの誕生日プレゼントをもらったというものです。例えばある女性は2月、別の女性は7月が彼の誕生日だと思っていて(実際の誕生日は11月13日)、しかも全員が彼との関係を「真剣な交際」であると考えていたというのです。


被害総額はおよそ10万円(意外と安い)で、今のところ男は記者等の質問に対して「 弁護士を通して下さい」と直接の返答を避けているようです。




<今日のフレーズ>
今日は記事冒頭の導入部分についてご紹介します。

"Takashi Miyagawa a en effet enchaîné les conquêtes, comptant 35 petites amies. Toutes pensaient être dans des relations sérieuses avec le Japonais de 39 ans."

「ミヤガワタカシは実に35人の女性を虜にした。彼女たちは皆、その39歳の男と真剣な関係であると思いこんでいた。」








35人もの女性とそれぞれ継続的に、誕生日をもらえるくらい親密になるって物凄い記憶力やエネルギー、調整力が必要だと思うんですけど、そういう意味ではこのミヤガワタカシという人は、ある意味でとんでもなく優秀な人間なんだろうなぁという気がします。

まあプレゼントの総額が10万円ってことは一人当たりで考えると3000円くらいってことなんで、それほど深い関係でもなかったのかもしれません。でも女性達はみんな関係を真剣に考えていたということは、やはり額面以上に相当に関係は深かったのかもしれません。実際のところはわからないですが、、



それにしても、たった一人との関係でもちょっと約束事を忘れてしまって喧嘩するなんてことはいくらでもあるわけですが、35人もの相手に対して真剣と思わせるような振る舞いをするって、ここまでくると逆に尊敬に値しますねー。


彼はそれほどまでに魅力的な男性なのかしら??


何れにしても、その能力やエネルギーを何か別のところに注げば、もっと真っ当な形で活躍できたんじゃないかなーと思わないでもないので、なんか残念ですね。





てことで、今日はこれでお終い!




À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



ほんっと久しぶりの更新になってしまいました。


第二子の出産に加えて4月から職場が変わったのとで、公私ともにバタバタしてしまってブログどころではなかったのです。

でも5月からは長男のカズマグナム2号が一時的に保育園に通うことができることになって、今まで家で育児をしていた時間をほんの少し仕事に回せるようになってきました。これで少しは仕事に余裕が出てくるかなー。たといいけど、新しい環境はなにかと覚えることや戸惑うことも多くって、暫くは何かと忙しい日々が続きそうです。


とはいえなんだかんだいっても、ずっと同じことを続けるよりは変化のある方が生活にも張りが出てくるので、今は充実した毎日を送れている気がします。




で、生まれたばかりの次男はというと、日を追うごとに顔が変化してるやうな気がして、一体これからどんなふうに成長していくのか??楽しみで仕方ありません。長男に似るのか?真逆になるのか??今のところやんちゃな長男とは違って、どことなく落ち着いた雰囲気を醸し出している次男のカズマグナム3号ですが、子どもはすぐに変化するのでわかりませんねー。

とにかく楽しみです!





てことで、今日も記事のご紹介をしまーす










↓(oh chuetteの記事)

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↓(記事のリンク)

今回の紹介記事








タイトルは、
「何年経っても残っているゲームの効用」
という感じでしょうか??






人は一般的に、ゲームは精神的にも身体的にも悪影響を及ぼすと考えていて、特に若者に対してゲームのしすぎはだめだという啓発をしてきている場合が多いと思います。ですが、必ずしもそうではないという事実が明らかになってきました。


最近発表された研究では、テレビゲームは知識の定着にいい影響を与える可能性が示唆されているようです。

Universitat Oberta de Catalunya(UOC)の研究チームは、18歳から40歳までの任意の被験者に10日間の間1日一時間半「スーパーマリオ64」をプレイしてもらい、それが認知機能にどのような影響を与えるのかを実験しました。そして被験者にはプレイ後すぐ、3日後、15日後の3回に渡って別のテストを受けてもらいました。
また、脳への影響は経頭蓋磁気刺激(TMS)により測定しました。


結果、ゲームをプレイした被験者の方がプレイしなかった被験者と比べて、記憶力を問う問題をより効率よく解くことができたようです。


今回の結果に対して研究チームは、制限をかけた上での(assez limité)ゲームは、他の作業や仕事においてもいい影響を及ぼすのではないかと考えているようです。




<今日のフレーズ>
今回は、記事冒頭の導入部分をご紹介します!

"Pendant des années, on nous a sermonnés sur les conséquences désastreuses liées à cette occupation très populaire auprès des jeunes. Mais alors que cette passion était qualifiée de dépendance qu’il fallait impérativement soigner, il s’est avéré en fait que cela n’avait rien de mauvais, bien au contraire."

長らくの間、大人は若者に対してゲーム(cette occupation trés populaire←省略した前文を受けて)は悪影響を与えると教え諭してきました。ゲームに熱中することは依存につながるため厳しくコントロールしなければならないと考えられてきましたが、実はそれ程悪いものではなく、むしろかえって逆の効用もあることがわかりました。」










ゲームってどうしても悪い印象を与えるけど、何がそんなに問題なのかって考えると、結局は「依存性」ということなのかしら?ハマってしまったら抜け出せなくなってしまうという。でもそれだとなんだかイマイチしっくりこないところが僕にはあります。


よく考えるとゲームに限らず、寝食忘れて夢中になることって誰にだって何かしらある気がします。本や漫画、アニメ、映画、あとはスポーツ中継とかだって寝る時間も惜しくなるくらいハマることはあるし、ハマるということだけを考えれば例を挙げてもきりがないくらい。だから依存や中毒性を理由にゲームを攻撃するのであれば他のものも同じように扱うのが筋だと思うのですが。。








それより僕はむしろもっと根本的な、ゲームにはあって他の媒体にはないもの、つまり「終わりの見えない構造」自体に問題があるように思えます。


どんなに夢中になる本やアニメ、漫画にだっていつか必ず終わりが来ます。永遠に続くものはありません。だからこそ、仮に依存するくらいハマったとしても何処かで終わりを迎えることができます(何度も同じ作品を見続けるという無限ループの可能性は勿論ありますが、、、)。



でも、すべてのゲームがそうではないですが、やってもやっても終わらないゲームというのが世の中には沢山あって、あくまで僕の印象ですが、近年はそういうゲームがどんどん増えているような気がします。終わりがないからいつまでもやり続けてしまう。最近多い「課金システム」というのもその傾向と相まって問題にもなってますしねー。





そういえば僕も昔ゲームがすごく好きで、ロールプレイングゲーム(特にファイナルファンタジーシリーズ)にハマっていた時期がありました。ロールプレイングはただクリアするだけではすぐ終わるけど、レベルを上げたりアイテムを揃えるとか、極めようとすると膨大な時間がかかってしまいます。それでもかつてはキャラクターのレベルをMAXにしてしまうともうやり切った感があって、どこかで見切りをつけることができたものです。


でもファイナルファンタジーⅩをやったときに、それがいつまでたってもレベルがMAXにならず、敵もひたすら無限に強くなっていくような構造になっていて、一向に終わった感が得られなくて、なんだか急に虚しくなって一気にゲーム熱が冷めてしまいました。思えば僕がゲームを一切しなくなったのは、そのことがきっかけだったのかもしれません。





ロールプレイングに限らず、対戦ゲームでもひたすら強くなることを目的にやり続けるというのは、同様に終わりの見えない構造です。そういう、終わりがないから抜け出せない点がゲームの恐ろしさなのかもしれません。









さて本題に戻ると、ゲームを適度にプレイすることは脳の活性化につながる、というのはまあ有り得る話だなーと僕は思います。




何にせよ頭は使ってるわけだし、読みたくないのに本を読まされているときなんかと比べたら脳のの快楽感も全然違うだろうし、ストレス発散にもなって悪いことばかりではないんじゃないかと思います。ゲームで歴史に興味を持つっていうプラスの効果もよく聞きますし、それにパズルとかは逆に頭には良い気がします。

ただ勿論節度は必要というのは当然なのですが、それもやっぱり何にでも言えることで、殊更ゲームにだけ当てはまるということも無いんじゃなかろうか??






ま、要は何でもほどほどにしましょってことですね!







てことで、今日はこれでお終い!




À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。


私事ですが、昨日カズマグナム3号(次男)が産まれました!パチパチパチ。
(ちなみに次男がなぜ3号かというと、僕を1号と考えて長男が2号だからってことです。でもこの場合、僕を0号と考えたほうが良かったのかな?とも思ったりしましたが、面倒くさいからまあいいやってことで、この方針でいきます。どうでもいいと思いますが、、、)


前回は陣痛が来る前に破水して即入院。陣痛来るまで20時間くらいかかって、最後は吸引分娩っていうかなりの長丁場で大変な(勿論もっと大変な人は沢山いると思いますが)出産だったんですが、今回は朝に陣痛が来始めて夕方頃に入院、入院後2時間くらいで出産、というスムーズさ。

経産婦だとこうも違うのか、たまたまなのか分かりませんが、とにかく母子ともに健康だったので一安心です。




で、産まれてきた子の顔を見てびっくり。


なんと、カズマグナム2号(長男)が産まれてきたときと全くと言っていいほど同じ顔で、最初写真を見たときは奥さんがカズマグナム2号の写真を送ってきたのかと本気で思ったくらい。2度見どころか3度見4度見しましたよ。

いくら兄弟だからってここまで同じになることも珍しいよなーと思いつつ、成長したらどんな風になっていくのか、兄弟同じような顔になるのかそうでないのか、今から超楽しみです!


でもまたバタバタする生活がやってくるので、楽しんでる余裕もないかも?さて、どうなることやら。






てことで、今日の記事をご紹介しますー。





↓(フィガロの記事)

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↓(記事のリンク)

今回の紹介記事







タイトルは、
「2021年セザール賞:<Mignonnes>のFathia Youssouf(ファティア・ユスフ)が14歳で有望女優賞を受賞」
という感じでしょうか。







フランスの「アカデミー賞」に位置づけられているセザール賞の有望女優賞を、事前の公開ノミネート者に名前が無かったアフリカ系の少女が受賞し、話題になっています。



セネガル系フランス人女性の映画監督Maïmouna Doucouréの映画にエイミー役で出演し、受賞した14歳のFatiha Youssoufは、演技を専門で学んだことはないにも関わらず、その演技で監督の心を揺さぶり(pleuré face à la performance)700人もの候補者の中から選ばれました。


Fathiaが演じたのはダンスが好きで溌溂な反面、大人になることに抑圧を感じ、家族の中の宗教的伝統文化と友人との関わりとの狭間で罪悪感を抱いている12歳の少女です。映画の年齢設定が実際の彼女の年齢と違うのは、新型コロナウイルスの影響により映画の製作・公開が遅れてしまったことが原因のようです。



批評家から絶賛されたMaïmouna Doucouré監督の受賞作品は今回が2作目で、2018年にMaman(s)という最初の短編映画を発表しているものの、描写が<hypersexualité(色欲的)>であると批判を受けて、トルコでは上映禁止にまでなっていたようです。



今回さらに異例だったのは、受賞したFathiaが事前に選ばれていた24人の候補者(révélation)に入っていなかったことです。有望女優賞の投票に関わった人物は、révélationはあくまて参考に過ぎず、Fathiaが際立った才能を持っていたことが今回の受賞に繋がったのだと語っているようです。




<今日のフレーズ>
今回は、監督の処女作が批判を受けたことに対してのFathiaさんのコメントをご紹介します。


« Ça ne m’a pas affectée. J’ai pensé que ces gens n’avaient pas compris le message du film, qui dit qu’il faut grandir avec son âge, pas trop vite, et faire ce qu’on aime sans se fier au regard des autres ».


「(批判があったことは)私には影響を与えていません。批判をする人たちは、年齢とともにゆっくりと成長し、他人の目線を気にせずに自分の好きなことをすべきだ、という映画のメッセージを理解できなかったのだと思います。」






映画で子役が評価されることってそんなに珍しくもない気がするけど、アフリカ系でかつ女性という点は画期的だと思います。近年は多くの映画賞で「非白人」とか「女性」といった、これまで受賞から遠いとされていた人たちが賞を受けるケースが増えている気がしますねー。


女性や非白人、性的少数者などが正当に評価されていないことの批判からそういった流れができてきてること自体はまあそれでいいんですが、ただ逆にそういった人々への受賞が目立ち過ぎてて、個人的にはそれが却って批判を受けないためのアカデミーの態度のようにも思えてきちゃいます。「こういう人たちにちゃんと賞与えてたらそれでいいんでしょ」みたいな。勿論これは僕の勝手な想像なので実際はそうじゃないのかもしれませんが、でもそういう可能性はある。


僕は「配慮をする」っていうことと「正当に評価をする」ってこととはちょっと違うんじゃないかと思うのです。性別とか人種とか関係なく実力で正当に評価されてこそ賞に価値があると思うので、これまでのように「 男性」であっても「白人」であっても、評価されるべき人は評価されるべきだし、女性とか非白人だからといって色眼鏡で評価することはあってはなりません。

企業とかで「幹部女性登用率〇〇%を目指す」、とかよくありますけど、社会の流れを変えるキッカケとしてはそれは大切な動きですが、流れに乗ってきたらそういう数値目標はむしろなくなったほうがいいんじゃないだろうか。そうしないと、本来実力が伴わない人を数字を達成するためにだけ評価するということが起きてしまいます。


世間の声とか時代の流れがあると、どういった決定を下してもどこかしらから批判を受けると思うのですが、批判を避けようとして政治的に評価を下すのではなくて、結果に対して「納得できる説明」ができるように努力をする必要があります。形だけ整えて説明責任を果たさない、という態度は特に日本の政治家には多い(日本に住んてるから日本の政治家のことしかあまり知らないってことなんですが、、、)ので、胆力のある責任者がもっと増えてきたら(特に日本の首相は頼りなさすぎる、、)いいのになー(自分もそうならないとなー)と思う今日このごろ。








てことで、今日はこれでお終い!




À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



いやーついに公開されましたねー、シン・エヴァンゲリオン。



アマゾンプライムの序・破・Q同時視聴作戦も観て気分は最高潮にまで高まりつつ、時間がなくて劇場には中々行けないもどかしい毎日。。もう既に観た人のいろんなコメントとかも読みたいけど、一度観るまでは我慢。うー、早く観たい!


テレビ版とか旧劇場版も好きですが、新劇場版はやっぱり映像が美しいのがいいですね。中でも「破」は文句なく素晴らしい構成で何度見ても飽きない安定感があるのは言うまでもないのですが、最初観て「??」だった「Q」も、観るうちにどんどん面白くなってきて、むしろ「破」より中毒性があるなーと最近思います。見る度に新しい発見があって細部の美しさに気付くことができるし、良い場面は何回観てもやっぱり泣けてくる。


一回観てすんなり理解できる作品もそれはそれでいいのかもしれませんが、何回も観ないと本当の魅力がわからない、何回も観たいと思わせる映画というのは本当に凄いなと思います。アニメ版からずっとそうですが、客に媚びない一貫した世界観には心地よさすら感じます。

シン・エヴァで本当に終わりになってしまうので、早く観たい気持ちとともに、観たらもう終わりなんだという切なさもあって複雑な気持ちですが、観るまでのこの「モラトリアム期間」を今はじっくり噛み締めて生きていこうと思います!





さて、今日も記事のご紹介!







↓(リベラシオンの記事)

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↓(記事のリンク)
 
今回の紹介記事





タイトルは、
「夜間外出禁止令(couvre-nuit)は止めなければならない」
という内容です。





世界各国が新型コロナウイルスによって自粛生活を強いられている状況下、ナイトクラブなど「夜の生活」を彩る場所は存続が困難になっています。




感染予防の為人の密集を避けなければならない昨今の状況では、クラブやバーなど「集まって愉しむ」ことを目的とした場所は不要不急なものとして閉鎖を避けることができません。
ですが一方でそういった夜の場は、普段の生活で溜まったストレスを掃き出したり、気晴らしや気分転換の手段として、あるいは普段出会わない人同士の出会いの場として人々にとっては欠かせないものでもあります。人はただ働いて生きるだけが目的になってしまうと、自分の存在意義すら見失ってしまいかねません。

実際、フランス人の精神的健康状態についての調査によると、2021年に鬱状態になった人の割合は2020年と比べて約2倍の水準(全調査人数の22%!!
)になっているようです。



このまま自粛が続くとこのような娯楽の場が失われてしまいかねません。La Night Time Industriesの発表によると、何らかの公的な保証が無ければおよそ80%の娯楽の場が1ヶ月以内で閉鎖せざるを得なくなってしまうとのことです。フランスでは昨年の7月から夜の娯楽施設に対する補償が行われていますが、これも2020年末で終了しています。


一方でスペインやイタリアなど他のヨーロッパ諸国は映画館や博物館などの文化施設を徐々に再開させていますが、フランスでは遅れており、俳優など関係者は危機的状況に警鐘を鳴らしています。






人々の豊かな生活のためには夜の娯楽場を見捨てず、入場時のチェックや衛生管理の徹底をしてても再開させなければなりません。それによって俳優や技術者など文化芸術に関わる人々の生活を支え、早期に外出禁止生活を終わらせなければなりません。




<今日のフレーズ>
今日は記事冒頭、夜間外出禁止令の人々への影響について語る文章をご紹介します!

"On a raison, quelques heures après l’annonce du couvre-feu, de penser que le pire nous arrive […] parce que se distraire, c’est regarder ailleurs, dans une autre direction, penser autrement. Sans les cultures de la nuit, opéra, bals, boîtes, clubs […], la société fait bien plus que perdre sa soupape, elle se détraque, se dégrade."


「夜間外出禁止令発表の後、間違いなく私達に大変なことが起こると考えられます。なぜなら、(夜間の外出は)気晴らしや気分転換、思考の切り替えに役立っているからです。オペラやバー、クラブといった夜のカルチャーが無ければ、社会は(ストレスなどの)排出弁を失ってしまうばかりか、崩壊してしまいます。」














大阪ではようやく緊急事態宣言が明けましたが、まだまだ自由に楽しめるという雰囲気でもない気がします。また昨年の緊急事態宣言下と比べたら随分ましですが、やっぱり文化を楽しむ場、ストレス発散の場が失われるというのは、生きていくうえでは致命的のように思います。


よく芸術文化は「生きる上で役に立たない」と言われたりしますが、実際はどうでしょうか?むしろ「無くては生きていけないもの」なんじゃないだろうか?


ただ衣食住が整ってその日その日の生活を営むだけが「生きる」というのであれば確かにそうかもしれませんが、何の愉しみも娯楽もない生活を送ることが、幸福で望ましいものなのか?






役に立つとか立たないという尺度で物事を判断するから、「不要不急」といって真っ先に切り捨てられてしまう文化芸術。きっと無くなって取り返しのつかないことになって初めてその大切さに気付くんだろうなーと思います。

日本の政治家たちはこれまで勉強ばっかりして文化芸術に触れてこなかった人ばっかりな気がします。いや、触れてはいるんだろうけど、ただ文化芸術を「消費」するだけで、そこに携わる人々への敬意はなく、彼らの生活にまで頭が回らない。文化芸術は「あって当然」と思っているのだろーか?多分自分たちは不景気でもクビになるわけではないから、そういう生活感覚が全くないんだろうなあ。文化芸術に限らず、とにかく政治家の感覚と市民の感覚にはいつも大きなズレがあるように思います。もっと苦労しろ!って言いたいですねほんとに。










それはともかくとして、はやく通常通り娯楽を楽しめる世の中になって欲しいものですねー。






てことで、今日はこれでお終い!




À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



今回の記事は脳の働きや記憶についての内容なのですが、最近「学習」というワードでよく付随してくるのがICT(internet and communication technology)化という流れ。まあ簡単に言えば、あらゆる学習活動をコンピューターやインターネットでやってしまおうというものです。勿論現在は学習に限らず、もはや世の中全てがICT化されつつある時代でもあります。

ただ、僕も一応教育に携わっている人間で例にもれずICTはかなり利用していて、どちらかと言えば恩恵をどっぷり受けている方なのですが、正直ICTそのものによる学習効果には疑問を感じます。それにICT化がもたらす未来についても。


ICTの利点は一言で言えば「効率化」「便利」といった言葉に集約されると思います。それによって人間の手間が省けるし、人間がやるよりもっと複雑なことをコンピューターで簡単にできるようになる。わざわざ遠くの人に会いに行かなくてもPC上で用件はすんでしまう。省けた時間で人間は創造的な活動を行うことができるなどなど( 時間ができたからって人間は創造的になれないのはまあ自明のことなんですけど)。数年前まではほとんど目にすることもなかったリモートワークやテレワークなんて言葉も既に当たり前のワードになっています。


でもこういう利便性の名のもとに間のプロセスをすっ飛ばすことが、果たして喜ばしいことなのか??人を幸せにするのか?何かを失ってはいないのか?


学習でいうと、ノートや教科書を全てタブレットにしてしまおうというのが今の教育界の主流。筆記用具や本はいらない、遠隔授業もできてチョー便利っしょ??てなわけなんですが、それでいいのか?(まあ遠隔授業についてはコロナ感染を避けるという名目でかなりの市民権を得ているわけですが、これは例外中の例外なのでひとまず考えないこととして)

学習がICT化されると、例えばお気に入りの筆記用具を揃えたり書きやすいペンにこだわるとか、装丁に惹かれて本を買ってしまうとか古本に時間の経過や歴史を感じ取る、ページを繰る手触りや音を感じるとか、人との直接のやりとりで偶発的に生まれる会話を愉しむとか、握手やハグで距離が縮まるとか、そういった「身体的な活動」が一切失われてしまいます。というか、そういった活動は全て「無駄なもの」として切り捨てられていくのです。本当はそういった「無駄なもの」が人間を豊かにしているのだということに気付かずに。


無駄なものが削ぎ落とされていった先に残っているものというのは、個性が消えてつるつるになった世界。「他者」がいない世界。「身体的な活動」が失われて「頭(イメージ)だけ」になった世界。実体のない世界。

ICTは世の中を良くするというけれど、その結果・未来は来ていないのでまだ誰もどうなるかは知らない。でも僕は、どんどん人間の活動が失われて、個が希薄化して、違いというのもなくなって、最後には人間が存在する意味すらなくなってしまうんじゃないかって思ってしまいます。





とまあこんなことを考えたのも、今日Netflixでクリント・イーストウッドの「マディソン郡の橋」を観たから。

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どういうことかというと、この映画は夫と子供のいる農家の主婦が、家族が出かけている4日間の間にたまたま出会った写真家の男と「一生に一度の確かな愛」を感じ合いつつも、現実の生活からは逃れられず涙ながらの別れをする、二人はもはや会うことも連絡を取り合うこともできないままに、互いへの愛を大事にしつつ元のまま残りの人生を生きていく。
という、下世話な言い方をすればまあ「不倫」の話なのですが(決して不倫を否定するのではなく、映画自体はめっちゃ感動しますよ!)、今の時代ではこんな話絶対成立しないよなーと思ったわけです僕は。

だって今はみんな携帯電話・スマートフォンを持ってるし、世界中どこにいたってSkypeとかでつながれるし、「 もう一生会えない」なんていう別れは有り得ない。現実にもし同じようなことがあっても「また連絡するねー」で終わってしまう。よく考えたら、なんてつまらないんだこれ!「一期一会」なんて言葉すら最早現実には死語なのかもしれない。。






ICT化はこんな素晴らしい映画の誕生すら不可能にしてしまうのか。と、しみじみと感じられた今日このごろ。何だかもやもやしてしまって前置きがとてつもなく長くなってしまいましたが、今日の記事を以下ご紹介します!









↓(oh chouetteの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事





タイトルは、
「脳が何を学ぶかをどう決めているかがついに判明」
という感じでしょうか。





間脳にある「視床下部」は従来、食欲や性慾、ストレスといった本能的な感覚を司る領域であると考えられていました。ですが、スタンフォード大学と中国の科学者チームで行った研究によると、視床下部の室傍核という領域が「 情報の整理」を担い、学習の質を左右しているということがわかりました。


研究チームはマウスを用い、まず最初に、水を飲むときにそれに先立って匂いの刺激を与えることで、水と匂いという2つの刺激を結びつける作業を行ないました(いわゆる条件付け)。

その後、同じ匂いを嗅がせたあとに不快な強い風をマウスに当てて、今度は風と匂いを結びつました。そしてそのマウスの視床下部の細胞の働きを調べると、半分の領域は匂いに反応し、半分の領域は風に反応しました(水の情報はなくなった。)

さらに、匂いを嗅がせたあとに風よりも不快な刺激である電気刺激を与えて、同様に視床下部の細胞を調べると、予想に反して視床下部の3分の1が匂い、3分の1が風、3分の1が電気刺激に反応するという結果になりました(風の情報はなくならなかった。)

つまり視床下部では、自動的に新たな情報が上書きされるのではなく、必要な情報かそうでないかを選別しているらしい(不快な情報は残りやすい?)ことがわかります。


この結果から研究チームは、視床下部が情報の整理に関わっているのであれば学習にも何かしらの関与をしていると考え、視床下部の働きをコントロールできるよう遺伝的改変を加えたマウスを使った実験を行い、視床下部の働きが学習の質を左右しているらしいことを確かめました。





今回の発見は実際的な治療への応用も考えられています。例えば、視床下部の働きをコントロールすることで薬物やタバコ、アルコールなどから得られる快楽の感覚を消去することで、中毒患者を治療することができる可能性があるというのです。





<今日のフレーズ>
今日は記事の冒頭、未知なる脳についての導入部の文章をご紹介します!


"Le cerveau, malgré la science qui ne cesse de se développer au fil du temps, reste l’un de ces mystères que nous avons encore du mal à percer aujourd’hui, et pour cause : bien que le mythe qui raconte que nous n’utilisons que 10 % de nos capacités cérébrales soit totalement faux, le fait est qu’il reste l’un des organes les moins connus, mais surtout le plus complexe de notre organisme."


「時とともに進歩し続ける科学をもってしても、脳は未だに未解明の謎であり続けています。そのために、私たちは脳の僅か10%しか使っていないという神話は完全に間違いで、実際は、脳は最も複雑な器官でほとんどその仕組みがわかっていないのです。」












学習の質が視床下部の働きと関わりがあるということは、興味がないこと・嫌いなものを学んでもなかなか身につかない(共にストレスを感じる状況下)、良いことよりも嫌なことの方が頭に残りやすい、という事実についても何となく納得できる気がします。


何故そうなのかは良くわからずあくまで僕の勝手な想像ではありますが、元来動物の脳は「快楽を求める・不快を避ける」という方向性に進化しているのかもしれません。ストレス下では学習よりも生存本能に従う行動の方が優先されるとか、不快なことには二度と出会わないように頭により記憶しやすくなってるとか、そういうことなのかも??だから大脳と視床下部は独立器官ではなくて連携し合うようになっている??


また、動物としての本能や基本的な体の神経的・ホルモン代謝的な制御を行っているのが視床下部なので、それをもう少し拡大して考えると、大脳は体全体の働きそのものと繋がっているとも言えるのかもしれません。体が不調であれば脳の記憶にも何かしらの影響があったりするというのは何となく感覚的に頷ける気がするので、体の健康がそのまま脳の働きを向上させることになるのかも。



記事冒頭でも書いたのですが、最近はどんどんICT&効率化の流れが加速してきているし、学習=頭(大脳)っていう単純な構図になっている気がします。便利になればなるほど効率化していって、時間がかかる面倒なプロセスをすっとばした、言い換えれば「体の介在が失われた学習」に変わっていってしまいます。その流れを止めるというのは難しいですが、非効率の中にも学習に寄与するものがある、時間をかけて学んだものほど「体に染み付いて忘れにくい」と僕は考えているので、視床下部が学習に関与しうるという今回の研究は何となくそれを支えるような内容のものでちょっと安心しました。
記事の実験では、視床下部の何をどう刺激して学習効果が変化したのかがよく分からなかったので、もっとはっきりとしたデータが出てくるのか、今後を期待したいと思います。






てことで、今日はこれでお終い!



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