こんにちは、カズマグナムです。



抜きましたよ、親知らず。とりあえずの開放感。でも2時間以上ガリガリ歯を削って、やっとこさって感じで終わったとき、最早開放感すら感じなかったかも。何というか、虚無感?



そして今回は処置の何らかの影響なのかよく分からないのですが、術後舌の付け根にでかい炎症が出来てしまって、親知らずを抜いた跡よりもむしろその舌炎に苦しめられました(一週間近くたった今でもまだ痛い、、)。


まあ昨年夏に息子カズマグナム2号から手足口病が感染して口の中が炎症だらけになった時のことを考えると数倍マシですが、それでも結構ダメージは大きくて、やっぱり食事が美味しく食べられない、食事の時間が苦痛であるというのは、辛いものがあると改めて実感しています。。



こういう時、日常生活を平凡に過ごせることの有難みをしみじみと感じるのですが、人間というのは愚かな生き物で(僕だけなのかもしれませんが、、、)、喉元過ぎれば結局熱さを忘れるということに相成ってしまうわけです。トホホ。




そういえばこないだ大森立嗣監督の「日々是好日」という映画を観たのですが、お茶の先生役をしていた樹木希林(故)さんが「毎年毎年同じことの繰り返しだけど、同じことを繰り返せるって有難いこと」みたいなことを言っていて、今はその言葉が寒日のお茶の様に心に染みています。。







さてさて、今日はネットで流れてきた記事を1つご紹介します。





↓(Valeuractuellesの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事






タイトルは、
「女優のキーラ・ナイトレイは、男性映画監督が撮る<男目線>のセックスシーンには出演したくないと語る」
という感じでしょうか。







近年数々の映画に主演し活躍するイギリスの女優キーラ・ナイトレイが、Metro紙のインタビューで「これからは男性映画監督が撮る性描写のシーンには出演しない」と宣言しました。男性監督による性描写は「虚構」であり、あくまで「男性目線(男性向け)」でしかない、という点が理由です。


彼ら(男性監督たち)のセックスの表現はただ男性を喜ばせるためのものであって、女性のありもしないイメージを観客に植え付けてしまう点で有害である。それは、2歳と6歳の子を育てる彼女にとっては看過できない現状でもあります。


では何が女性にとって「適切な」セックスなのか?彼女は「子どもを産むプロセスとしてのセックス」や「女性監督が撮るセックス」を例に上げています。



彼女がこのような立場を表明するのは初めてのことではなく、ウォッシュ・ウェストモアランド監督の「コレット」に主演した際には「現代の映画作品にはもう出たくない。現代の作品ではいつも女性が虐げられるから。一方で歴史を描く作品にはもっと刺激的な女性の役がある。」、と語っていました。

実際、コレットに出演するまでに彼女は「ある公爵夫人の生涯」や「アンナ ・カレーニナ」、「プライドと偏見」といった歴史作品に多く出演しています。




<今日のフレーズ>
今日はキーラ・ナイトレイの性描写を批判するコメントの一部をご紹介します!

"Je me sens très mal à l’aise maintenant à l’idée d’essayer de représenter le regard masculin. Il y a de moments où je me dis : ‘Ouais je vois complètement pourquoi cette relation sexuelle serait très bien dans ce film mais en fait vous avez juste besoin de quelqu’un de sexy "

「私は男性目線を代表しようとする考えをとても不快に感じます。私はこう思うことがあります。<ええ、この映画にセックスシーンがぴったりハマるという理由はよくわかる。けど実際は、あなた達(男性達)は誰でもいいからセクシーな人を映画に求めているだけ。>」










キーラ・ナイトレイってLa comédienne britannique(コメディ女優)っていう括りなんですねー。僕は「はじまりのうた」と「プライドと偏見」で観たことがあるだけでしたが、すごい美人だなぁって結構強く印象に残った記憶があります。


記事の中で彼女が批判している「セックス」というのが、実際の行為としてのセックスのことなのか、性の描き方を含めたことなのかがイマイチ掴めなかった(多分普通に前者だとは思う)のですが、とにかく女性の思うセックスと男性の思うそれとがズレているので、それが耐えられない。男性的視点からの描写に与するような仕事はしたくない。ということなんだと思います。




まあそりゃそうだ。映画やポルノで描かれるセックスが現実にも当てはまると考えがちな男性がいて、それが男女のすれ違い、場合によってはレイプ事件にまで発展してしまうという話はよく聞きます。普通に考えたら「ありえないよなー」って思える描写でもそうであると信じられてしまうのは、何故なんでしょう??






僕はこれは性教育が不十分であるということと、男性の理想化的な思考が原因なのではないかと思います。


アメリカはどうか知らないですがフランスは結構性教育に力を入れているようです。一方で日本は国民性もあってか、なかなか性教育が浸透していない。なので、メディアで見る男女の関係がそのまま現実であると認識しがちであるので、性暴力が結構起こるということになります。(とはいえ、フランスは一方で性暴力の数が断トツ多いらしいんですが、これは男性のアプローチが強いとか、何かしら他の理由がありそうです。)


あとは、男性の「こうあって欲しい」とか「こうあるべきだ」みたいな願望や理想が強くて、現実の女性像が歪んでしまうというのもあるのかもしれない(女性は強く迫られるのが好きだとか、嫌よ嫌よも好きのうちとか、そういうバイアス)。




あくまで僕の想像ですが、こういった男女間のすれ違いが原因で、映画の描写も偏ったものになるのかもしれません。




とはいえ、キーラ・ナイトレイみたいな大女優だからこそ出演映画の選り好みができるのであって、そうでない人達は生活のために嫌でも出演せざるを得ないのだろうし、キーラ・ナイトレイが断ったって他の人がその代わりを務めるようになるのではないか??そういう構図が変わらない以上、映画の描写そのものが今後大きく変わっていくのかというと、ちょっとわからないですねー。むしろ「何をわがまま言ってるんだ」的な意見が男性サイドからいっぱい出てきそう。。










彼女の姿勢が今後の映画界にどんな影響を与えていくのか??見守っていきたいと思います。









てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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