こんにちは、カズマグナムです。


最近なにかと忙しくてブログに時間をあまり割けていません。日常のちょっとした時間ができたら、普段読めない本を読みたいとか、映画やドラマを観たいとか、ちょっとでも仕事を進めたいとか、ちょっとでも睡眠をとりたいとか、色々やりたいことがあって中々あれもこれもに手が回らないって感じです。で、ブログみたいな文章書くことは割と集中しないとできないタイプなので、いつも後回しになってしまうのです。。悪しからず。


まああんまり気負わずに、気が向いた時に書くような感じで気長に続けれたらなぁーと思うので、良ければたまーに覗いてやって下さいまし。



てことで、久しぶりですが今日も記事のご紹介でーす。



↓(リベラシオンの記事)

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↓(記事のURL)






タイトルは、
「なぜニューヨークの警察はサイクリスト達を嫌うのか?」
という感じでしょうか。



白人警官による黒人男性の射殺事件をきっかけに各地で「Black Lives Matter」と掲げたデモが相次いでいます。そんな中ニューヨークでは、警察がデモ隊の自転車を強奪する事態が相次いでいます。警察が自転車を目の敵にして接収することは今に始まったことではないらしく、以前から自転車は反政府的活動の象徴のように捉えられてきているようです。実際これまでも、ドイツでのヒトラー政権時代、中国の天安門事件などで自転車の接収は行われてきているようです。

特に19世紀は自転車が政治的な自由を表していた時代で、自転車に乗った人々がデモを起こして階級を無くし、女性の解放などに繋がったのだとする研究者もいます。以来、自転車は環境保護をはじめとする様々な政治活動の象徴として広がっており、今後世界中の人々を繋ぐことのできるツールとなると期待されています。


一方で自転車は、車などの交通手段を持てなかったり、公共交通機関でのアクセスが不便な地域で働く人々が使用することが多く、その点で恵まれない人々を象徴しているとも考えられています。



<今日のフレーズ>
今日は、自転車が自由の象徴として考えられていることを語る言葉の一部をご紹介します。

 Les dictatures reconnaissent le vélo pour ce qu’il est : un symbole de liberté. Il a permis la réalisation d’un vieux rêve : l’autonomie de déplacement de ses utilisateurs».

「独裁者達は、自転車が自由の象徴であると認めています。自転車があるおかげで、かつての夢である利用者の移動の自由を実現させることができました。」






警察が自転車を過去の独裁政権のように本当に目の敵にしているのか、デモの運動が目に余るから仕方なく自転車を強奪しているのか、その辺はよくわかりません。前者であればまあ単純に警察の暴挙だということになりますが、後者のケースも少なくないのではないかと個人的には思っています。何かしら騒動があるとそれに乗じて過激なデモが行なわれるケースって少なくない気がします。もちろん実際に見たわけでもないので、単なる推測なのですが。。

確かフランスで「黄色いベスト運動」が起こったときも、デモと直接は関係ないと思われる組織による活動が散発したと何かの記事で読んだ気がします。騒ぎに乗じて目立つためとか、抑圧の力を分散させるためとか、目的はまあ色々あるのかもしれませんが、世間がヒートアップしているときに警察がそれを鎮圧すれば大方警察が批判されるのは目に見えているので、そういうことを考慮しての策略なのかもしれません。

全てがそうとは限りませんが、そういったケースで無闇に批判される警察の人も気の毒だなーと思います。ただ職務に忠実に行動しているだけかもしれないのに。

最近はもはや弱者が弱者ではない、連帯した弱者が時に権力者を抑圧するという、セクハラ問題とかにもよくあるような構図が増えている気がします。これもあくまで個人的な実感に過ぎませんが、、、


なんだか複雑な気持ちになりますねー。。




てことで、今日はこれでお終い!


À bientôt !!


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