子育てダンサーkazmagnumの、フランス語つまみ食い生活(海外時事ニュース)

なんとなく独学で始めたフランス語をダラダラ続けながら、 2人の息子(1歳児と2歳ポメラニアン)の育児に踊り狂っております

2021年02月

こんにちは、カズマグナムです。



今回の記事は脳の働きや記憶についての内容なのですが、最近「学習」というワードでよく付随してくるのがICT(internet and communication technology)化という流れ。まあ簡単に言えば、あらゆる学習活動をコンピューターやインターネットでやってしまおうというものです。勿論現在は学習に限らず、もはや世の中全てがICT化されつつある時代でもあります。

ただ、僕も一応教育に携わっている人間で例にもれずICTはかなり利用していて、どちらかと言えば恩恵をどっぷり受けている方なのですが、正直ICTそのものによる学習効果には疑問を感じます。それにICT化がもたらす未来についても。


ICTの利点は一言で言えば「効率化」「便利」といった言葉に集約されると思います。それによって人間の手間が省けるし、人間がやるよりもっと複雑なことをコンピューターで簡単にできるようになる。わざわざ遠くの人に会いに行かなくてもPC上で用件はすんでしまう。省けた時間で人間は創造的な活動を行うことができるなどなど( 時間ができたからって人間は創造的になれないのはまあ自明のことなんですけど)。数年前まではほとんど目にすることもなかったリモートワークやテレワークなんて言葉も既に当たり前のワードになっています。


でもこういう利便性の名のもとに間のプロセスをすっ飛ばすことが、果たして喜ばしいことなのか??人を幸せにするのか?何かを失ってはいないのか?


学習でいうと、ノートや教科書を全てタブレットにしてしまおうというのが今の教育界の主流。筆記用具や本はいらない、遠隔授業もできてチョー便利っしょ??てなわけなんですが、それでいいのか?(まあ遠隔授業についてはコロナ感染を避けるという名目でかなりの市民権を得ているわけですが、これは例外中の例外なのでひとまず考えないこととして)

学習がICT化されると、例えばお気に入りの筆記用具を揃えたり書きやすいペンにこだわるとか、装丁に惹かれて本を買ってしまうとか古本に時間の経過や歴史を感じ取る、ページを繰る手触りや音を感じるとか、人との直接のやりとりで偶発的に生まれる会話を愉しむとか、握手やハグで距離が縮まるとか、そういった「身体的な活動」が一切失われてしまいます。というか、そういった活動は全て「無駄なもの」として切り捨てられていくのです。本当はそういった「無駄なもの」が人間を豊かにしているのだということに気付かずに。


無駄なものが削ぎ落とされていった先に残っているものというのは、個性が消えてつるつるになった世界。「他者」がいない世界。「身体的な活動」が失われて「頭(イメージ)だけ」になった世界。実体のない世界。

ICTは世の中を良くするというけれど、その結果・未来は来ていないのでまだ誰もどうなるかは知らない。でも僕は、どんどん人間の活動が失われて、個が希薄化して、違いというのもなくなって、最後には人間が存在する意味すらなくなってしまうんじゃないかって思ってしまいます。





とまあこんなことを考えたのも、今日Netflixでクリント・イーストウッドの「マディソン郡の橋」を観たから。

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どういうことかというと、この映画は夫と子供のいる農家の主婦が、家族が出かけている4日間の間にたまたま出会った写真家の男と「一生に一度の確かな愛」を感じ合いつつも、現実の生活からは逃れられず涙ながらの別れをする、二人はもはや会うことも連絡を取り合うこともできないままに、互いへの愛を大事にしつつ元のまま残りの人生を生きていく。
という、下世話な言い方をすればまあ「不倫」の話なのですが(決して不倫を否定するのではなく、映画自体はめっちゃ感動しますよ!)、今の時代ではこんな話絶対成立しないよなーと思ったわけです僕は。

だって今はみんな携帯電話・スマートフォンを持ってるし、世界中どこにいたってSkypeとかでつながれるし、「 もう一生会えない」なんていう別れは有り得ない。現実にもし同じようなことがあっても「また連絡するねー」で終わってしまう。よく考えたら、なんてつまらないんだこれ!「一期一会」なんて言葉すら最早現実には死語なのかもしれない。。






ICT化はこんな素晴らしい映画の誕生すら不可能にしてしまうのか。と、しみじみと感じられた今日このごろ。何だかもやもやしてしまって前置きがとてつもなく長くなってしまいましたが、今日の記事を以下ご紹介します!









↓(oh chouetteの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事





タイトルは、
「脳が何を学ぶかをどう決めているかがついに判明」
という感じでしょうか。





間脳にある「視床下部」は従来、食欲や性慾、ストレスといった本能的な感覚を司る領域であると考えられていました。ですが、スタンフォード大学と中国の科学者チームで行った研究によると、視床下部の室傍核という領域が「 情報の整理」を担い、学習の質を左右しているということがわかりました。


研究チームはマウスを用い、まず最初に、水を飲むときにそれに先立って匂いの刺激を与えることで、水と匂いという2つの刺激を結びつける作業を行ないました(いわゆる条件付け)。

その後、同じ匂いを嗅がせたあとに不快な強い風をマウスに当てて、今度は風と匂いを結びつました。そしてそのマウスの視床下部の細胞の働きを調べると、半分の領域は匂いに反応し、半分の領域は風に反応しました(水の情報はなくなった。)

さらに、匂いを嗅がせたあとに風よりも不快な刺激である電気刺激を与えて、同様に視床下部の細胞を調べると、予想に反して視床下部の3分の1が匂い、3分の1が風、3分の1が電気刺激に反応するという結果になりました(風の情報はなくならなかった。)

つまり視床下部では、自動的に新たな情報が上書きされるのではなく、必要な情報かそうでないかを選別しているらしい(不快な情報は残りやすい?)ことがわかります。


この結果から研究チームは、視床下部が情報の整理に関わっているのであれば学習にも何かしらの関与をしていると考え、視床下部の働きをコントロールできるよう遺伝的改変を加えたマウスを使った実験を行い、視床下部の働きが学習の質を左右しているらしいことを確かめました。





今回の発見は実際的な治療への応用も考えられています。例えば、視床下部の働きをコントロールすることで薬物やタバコ、アルコールなどから得られる快楽の感覚を消去することで、中毒患者を治療することができる可能性があるというのです。





<今日のフレーズ>
今日は記事の冒頭、未知なる脳についての導入部の文章をご紹介します!


"Le cerveau, malgré la science qui ne cesse de se développer au fil du temps, reste l’un de ces mystères que nous avons encore du mal à percer aujourd’hui, et pour cause : bien que le mythe qui raconte que nous n’utilisons que 10 % de nos capacités cérébrales soit totalement faux, le fait est qu’il reste l’un des organes les moins connus, mais surtout le plus complexe de notre organisme."


「時とともに進歩し続ける科学をもってしても、脳は未だに未解明の謎であり続けています。そのために、私たちは脳の僅か10%しか使っていないという神話は完全に間違いで、実際は、脳は最も複雑な器官でほとんどその仕組みがわかっていないのです。」












学習の質が視床下部の働きと関わりがあるということは、興味がないこと・嫌いなものを学んでもなかなか身につかない(共にストレスを感じる状況下)、良いことよりも嫌なことの方が頭に残りやすい、という事実についても何となく納得できる気がします。


何故そうなのかは良くわからずあくまで僕の勝手な想像ではありますが、元来動物の脳は「快楽を求める・不快を避ける」という方向性に進化しているのかもしれません。ストレス下では学習よりも生存本能に従う行動の方が優先されるとか、不快なことには二度と出会わないように頭により記憶しやすくなってるとか、そういうことなのかも??だから大脳と視床下部は独立器官ではなくて連携し合うようになっている??


また、動物としての本能や基本的な体の神経的・ホルモン代謝的な制御を行っているのが視床下部なので、それをもう少し拡大して考えると、大脳は体全体の働きそのものと繋がっているとも言えるのかもしれません。体が不調であれば脳の記憶にも何かしらの影響があったりするというのは何となく感覚的に頷ける気がするので、体の健康がそのまま脳の働きを向上させることになるのかも。



記事冒頭でも書いたのですが、最近はどんどんICT&効率化の流れが加速してきているし、学習=頭(大脳)っていう単純な構図になっている気がします。便利になればなるほど効率化していって、時間がかかる面倒なプロセスをすっとばした、言い換えれば「体の介在が失われた学習」に変わっていってしまいます。その流れを止めるというのは難しいですが、非効率の中にも学習に寄与するものがある、時間をかけて学んだものほど「体に染み付いて忘れにくい」と僕は考えているので、視床下部が学習に関与しうるという今回の研究は何となくそれを支えるような内容のものでちょっと安心しました。
記事の実験では、視床下部の何をどう刺激して学習効果が変化したのかがよく分からなかったので、もっとはっきりとしたデータが出てくるのか、今後を期待したいと思います。






てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



4月から息子カズマグナム2号が保育園から幼稚園に変わるのですが、今その上で1つ大きな壁が立ちはだかっております。



トイレトレーニング、いわゆるトイトレってやつです。



今カズマグナム2号はまだ2歳8ヶ月で、4月入園時点ではプレにあたる年齢なのですが、そんなことは関係なく入園にあたってはまず「オムツが外れていること」が大前提。夜寝るときを除いて日中はちゃんと一人でトイレにいって用が足せるようになってなければ入園は保留という、中々にハードな要求を突きつけられているのです。


幼稚園では1時間に一回のペースでトイレに連れて行ってくれるみたいなのですが、そのインターバルの間にお漏らししてしまったらヤヴァいですよというわけです。ひぇー。



てことで昨年末から休日や仕事の後など、僕が家で過ごすときは基本的にオムツを外して普通のパンツを履かせて過ごすようにしているのですが、まだまだ成果は出ておりません。

おしっこは最初の頃ダダ漏れだったのが、最近はちゃんと訴えることも少しずつ増えてはきましたが、でもまだたまに失敗もあります。そしてウンチに至ってはほぼ失敗ばかりで、先週ようやく自分で「ウンチしたーい」といってトイレで成功したくらい。それでもたまたまの可能性は大いにあって油断できず、果たして入園までに安定してトイレができるようになるのか??超不安です。


この3月で今の保育園は辞めてしまうし、もし入園できなければ路頭に迷ってしまう。おまけに4月は第二子カズマグナム3号が生まれる予定なので、さらに不安要素が控えていて、一体どうなることやら??まあ焦っても仕方ないというのは頭ではわかっているものの、現実は容赦なく迫ってくるわけで。。



早くトイトレ成功して、ちょっとでも安心できればなあーと思う毎日です。







さてさて、今日も記事のご紹介でーす。





↓(フィガロの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事







タイトルは、
「日本政府、コスプレの規制化を目指す」
という感じでしょうか。







日本のアニメや漫画のブームから、その登場キャラクターに扮する「コスプレ」文化が世界的に広まっています。そして日本政府も「クールジャパン」と銘打って、国をあげて日本のアニメや漫画文化をもっと世界へ発信しアピールしていこうと躍起になっています。

一方で日本政府は、「コスプレは原作者の著作権を侵害する恐れがある」として、SNSなどでコスプレの写真や動画をアップする際には権利者(つまり原作者)へ許可をとり、それにより利益が出た場合は正当な著作権料が支払われるべきだと考えているようです。


コスプレの活動は趣味で行うアマチュアの人々だけでなく、SNSで活動することで収益を得ている「プロ」もいます。コスプレはこれまでこれといったルールがなく曖昧な領域でしたが、今後実際にルール化されれば、規制によって原作者の権利が保護されるようになりそうです。


政府は著作権の有無を調べられるデータベースを作成することを提案していますが、コスプレイヤーからは、直接権利者にコンタクトを取れるように制度を整えて欲しいとの訴えも出ています。


また、規制がコスプレ文化自体の衰退に繋がらないかという点や、「プロ」コスプレイヤーと原作者の利益配分をどうするのかなど、懸念材料もまだまだ残っているようです。


↓こちらは記事で紹介されていたプロコスプレイヤーのえなこさん。政府からクールジャパンアンバサダーに任命されているようで、Instagramで月に1000万くらいの収益を上げているようです!すげー

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<今日のフレーズ>
今日は記事冒頭の、コスプレ文化の世界的広がりについて語る一文をご紹介します!

"Véritable phénomène au Japon et dans le monde, le cosplay pourrait à l'avenir faire l'objet de droits d'auteur. Se déguiser en personnage de manga, de dessin animé ou de jeux vidéo peut représenter une vraie manne financière."

「日本発祥で今や世界中に広がるコスプレ現象が著作権の対象になりそうです。それは、漫画やアニメ、ゲームの登場人物に扮することが利益を生む手段の一つなり得るからです。」

↑ちょっと日本語には接続詞を補いました





キャラクターグッズなどの関連商品はモノとしての値段がはっきり決まっていて、キャラクターの恩恵によって利益を上げているかどうかも明らかなのですが、コスプレで広告収入を得ているという場合はその利益が目に見えにくい部分があって、著作権の問題はこれまで見落とされていたのかも知れませんねー。

確かにグッズやコスプレの広告収入の利益は元になっているキャラクターの人気に左右されるわけで、そう考えると利益の一部が原作者に還元されるのは当然のような気がします。

でも一方で、原作者はもし著作権料がなくても、自分の生み出したキャラクターが広く世間に周知されるという点で間接的に利益を得ていると言えなくもないし、コンテンツの海賊版とか偽ブランドなどはそれが出回ることで元々の作品が明らかに不利益を被るわけだけど、グッズやコスプレによる利益は原作の価値を減らすものではない(むしろ知名度を上げる)のだから、そういう観点でいうと著作権は無くてもいいのでは?という考え方もできるんじゃないかと、ふと思いました。

これはちょっと暴論かもしれませんが、何でもかんでも権利で守るっていうのも、何だかつまらないなーという気がするのです。そりゃお金はほしいだろうけど、著作権フリーになったら広く人々の目に触れやすくなるんだしなー。。それぞれが財産を占有するんじゃなくて、共有するほうが全体として豊かになるんじゃないだろうか、なんて。





まあそんな簡単な話ではないんでしょうけど、、







てことで、今日はこれでお終い!



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こんにちは、カズマグナムです。



抜きましたよ、親知らず。とりあえずの開放感。でも2時間以上ガリガリ歯を削って、やっとこさって感じで終わったとき、最早開放感すら感じなかったかも。何というか、虚無感?



そして今回は処置の何らかの影響なのかよく分からないのですが、術後舌の付け根にでかい炎症が出来てしまって、親知らずを抜いた跡よりもむしろその舌炎に苦しめられました(一週間近くたった今でもまだ痛い、、)。


まあ昨年夏に息子カズマグナム2号から手足口病が感染して口の中が炎症だらけになった時のことを考えると数倍マシですが、それでも結構ダメージは大きくて、やっぱり食事が美味しく食べられない、食事の時間が苦痛であるというのは、辛いものがあると改めて実感しています。。



こういう時、日常生活を平凡に過ごせることの有難みをしみじみと感じるのですが、人間というのは愚かな生き物で(僕だけなのかもしれませんが、、、)、喉元過ぎれば結局熱さを忘れるということに相成ってしまうわけです。トホホ。




そういえばこないだ大森立嗣監督の「日々是好日」という映画を観たのですが、お茶の先生役をしていた樹木希林(故)さんが「毎年毎年同じことの繰り返しだけど、同じことを繰り返せるって有難いこと」みたいなことを言っていて、今はその言葉が寒日のお茶の様に心に染みています。。







さてさて、今日はネットで流れてきた記事を1つご紹介します。





↓(Valeuractuellesの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事






タイトルは、
「女優のキーラ・ナイトレイは、男性映画監督が撮る<男目線>のセックスシーンには出演したくないと語る」
という感じでしょうか。







近年数々の映画に主演し活躍するイギリスの女優キーラ・ナイトレイが、Metro紙のインタビューで「これからは男性映画監督が撮る性描写のシーンには出演しない」と宣言しました。男性監督による性描写は「虚構」であり、あくまで「男性目線(男性向け)」でしかない、という点が理由です。


彼ら(男性監督たち)のセックスの表現はただ男性を喜ばせるためのものであって、女性のありもしないイメージを観客に植え付けてしまう点で有害である。それは、2歳と6歳の子を育てる彼女にとっては看過できない現状でもあります。


では何が女性にとって「適切な」セックスなのか?彼女は「子どもを産むプロセスとしてのセックス」や「女性監督が撮るセックス」を例に上げています。



彼女がこのような立場を表明するのは初めてのことではなく、ウォッシュ・ウェストモアランド監督の「コレット」に主演した際には「現代の映画作品にはもう出たくない。現代の作品ではいつも女性が虐げられるから。一方で歴史を描く作品にはもっと刺激的な女性の役がある。」、と語っていました。

実際、コレットに出演するまでに彼女は「ある公爵夫人の生涯」や「アンナ ・カレーニナ」、「プライドと偏見」といった歴史作品に多く出演しています。




<今日のフレーズ>
今日はキーラ・ナイトレイの性描写を批判するコメントの一部をご紹介します!

"Je me sens très mal à l’aise maintenant à l’idée d’essayer de représenter le regard masculin. Il y a de moments où je me dis : ‘Ouais je vois complètement pourquoi cette relation sexuelle serait très bien dans ce film mais en fait vous avez juste besoin de quelqu’un de sexy "

「私は男性目線を代表しようとする考えをとても不快に感じます。私はこう思うことがあります。<ええ、この映画にセックスシーンがぴったりハマるという理由はよくわかる。けど実際は、あなた達(男性達)は誰でもいいからセクシーな人を映画に求めているだけ。>」










キーラ・ナイトレイってLa comédienne britannique(コメディ女優)っていう括りなんですねー。僕は「はじまりのうた」と「プライドと偏見」で観たことがあるだけでしたが、すごい美人だなぁって結構強く印象に残った記憶があります。


記事の中で彼女が批判している「セックス」というのが、実際の行為としてのセックスのことなのか、性の描き方を含めたことなのかがイマイチ掴めなかった(多分普通に前者だとは思う)のですが、とにかく女性の思うセックスと男性の思うそれとがズレているので、それが耐えられない。男性的視点からの描写に与するような仕事はしたくない。ということなんだと思います。




まあそりゃそうだ。映画やポルノで描かれるセックスが現実にも当てはまると考えがちな男性がいて、それが男女のすれ違い、場合によってはレイプ事件にまで発展してしまうという話はよく聞きます。普通に考えたら「ありえないよなー」って思える描写でもそうであると信じられてしまうのは、何故なんでしょう??






僕はこれは性教育が不十分であるということと、男性の理想化的な思考が原因なのではないかと思います。


アメリカはどうか知らないですがフランスは結構性教育に力を入れているようです。一方で日本は国民性もあってか、なかなか性教育が浸透していない。なので、メディアで見る男女の関係がそのまま現実であると認識しがちであるので、性暴力が結構起こるということになります。(とはいえ、フランスは一方で性暴力の数が断トツ多いらしいんですが、これは男性のアプローチが強いとか、何かしら他の理由がありそうです。)


あとは、男性の「こうあって欲しい」とか「こうあるべきだ」みたいな願望や理想が強くて、現実の女性像が歪んでしまうというのもあるのかもしれない(女性は強く迫られるのが好きだとか、嫌よ嫌よも好きのうちとか、そういうバイアス)。




あくまで僕の想像ですが、こういった男女間のすれ違いが原因で、映画の描写も偏ったものになるのかもしれません。




とはいえ、キーラ・ナイトレイみたいな大女優だからこそ出演映画の選り好みができるのであって、そうでない人達は生活のために嫌でも出演せざるを得ないのだろうし、キーラ・ナイトレイが断ったって他の人がその代わりを務めるようになるのではないか??そういう構図が変わらない以上、映画の描写そのものが今後大きく変わっていくのかというと、ちょっとわからないですねー。むしろ「何をわがまま言ってるんだ」的な意見が男性サイドからいっぱい出てきそう。。










彼女の姿勢が今後の映画界にどんな影響を与えていくのか??見守っていきたいと思います。









てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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