子育てダンサーkazmagnumの、フランス語つまみ食い生活(海外時事ニュース)

なんとなく独学で始めたフランス語をダラダラ続けながら、 2人の息子(1歳児と2歳ポメラニアン)の育児に踊り狂っております

主にフランスの新聞(ルモンド、リベラシオン、フィガロの3紙)の記事と、その中のフランス語フレーズをご紹介しています。仏検対策なんかにいいかも??なんて思ったり。

あと、日常生活の事なんかもたまーに挙げていこうと思ってます!

よろしくお願いしまーす。

こんにちは、カズマグナムです。



今回の記事は脳の働きや記憶についての内容なのですが、最近「学習」というワードでよく付随してくるのがICT(internet and communication technology)化という流れ。まあ簡単に言えば、あらゆる学習活動をコンピューターやインターネットでやってしまおうというものです。勿論現在は学習に限らず、もはや世の中全てがICT化されつつある時代でもあります。

ただ、僕も一応教育に携わっている人間で例にもれずICTはかなり利用していて、どちらかと言えば恩恵をどっぷり受けている方なのですが、正直ICTそのものによる学習効果には疑問を感じます。それにICT化がもたらす未来についても。


ICTの利点は一言で言えば「効率化」「便利」といった言葉に集約されると思います。それによって人間の手間が省けるし、人間がやるよりもっと複雑なことをコンピューターで簡単にできるようになる。わざわざ遠くの人に会いに行かなくてもPC上で用件はすんでしまう。省けた時間で人間は創造的な活動を行うことができるなどなど( 時間ができたからって人間は創造的になれないのはまあ自明のことなんですけど)。数年前まではほとんど目にすることもなかったリモートワークやテレワークなんて言葉も既に当たり前のワードになっています。


でもこういう利便性の名のもとに間のプロセスをすっ飛ばすことが、果たして喜ばしいことなのか??人を幸せにするのか?何かを失ってはいないのか?


学習でいうと、ノートや教科書を全てタブレットにしてしまおうというのが今の教育界の主流。筆記用具や本はいらない、遠隔授業もできてチョー便利っしょ??てなわけなんですが、それでいいのか?(まあ遠隔授業についてはコロナ感染を避けるという名目でかなりの市民権を得ているわけですが、これは例外中の例外なのでひとまず考えないこととして)

学習がICT化されると、例えばお気に入りの筆記用具を揃えたり書きやすいペンにこだわるとか、装丁に惹かれて本を買ってしまうとか古本に時間の経過や歴史を感じ取る、ページを繰る手触りや音を感じるとか、人との直接のやりとりで偶発的に生まれる会話を愉しむとか、握手やハグで距離が縮まるとか、そういった「身体的な活動」が一切失われてしまいます。というか、そういった活動は全て「無駄なもの」として切り捨てられていくのです。本当はそういった「無駄なもの」が人間を豊かにしているのだということに気付かずに。


無駄なものが削ぎ落とされていった先に残っているものというのは、個性が消えてつるつるになった世界。「他者」がいない世界。「身体的な活動」が失われて「頭(イメージ)だけ」になった世界。実体のない世界。

ICTは世の中を良くするというけれど、その結果・未来は来ていないのでまだ誰もどうなるかは知らない。でも僕は、どんどん人間の活動が失われて、個が希薄化して、違いというのもなくなって、最後には人間が存在する意味すらなくなってしまうんじゃないかって思ってしまいます。





とまあこんなことを考えたのも、今日Netflixでクリント・イーストウッドの「マディソン郡の橋」を観たから。

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どういうことかというと、この映画は夫と子供のいる農家の主婦が、家族が出かけている4日間の間にたまたま出会った写真家の男と「一生に一度の確かな愛」を感じ合いつつも、現実の生活からは逃れられず涙ながらの別れをする、二人はもはや会うことも連絡を取り合うこともできないままに、互いへの愛を大事にしつつ元のまま残りの人生を生きていく。
という、下世話な言い方をすればまあ「不倫」の話なのですが(決して不倫を否定するのではなく、映画自体はめっちゃ感動しますよ!)、今の時代ではこんな話絶対成立しないよなーと思ったわけです僕は。

だって今はみんな携帯電話・スマートフォンを持ってるし、世界中どこにいたってSkypeとかでつながれるし、「 もう一生会えない」なんていう別れは有り得ない。現実にもし同じようなことがあっても「また連絡するねー」で終わってしまう。よく考えたら、なんてつまらないんだこれ!「一期一会」なんて言葉すら最早現実には死語なのかもしれない。。






ICT化はこんな素晴らしい映画の誕生すら不可能にしてしまうのか。と、しみじみと感じられた今日このごろ。何だかもやもやしてしまって前置きがとてつもなく長くなってしまいましたが、今日の記事を以下ご紹介します!









↓(oh chouetteの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事





タイトルは、
「脳が何を学ぶかをどう決めているかがついに判明」
という感じでしょうか。





間脳にある「視床下部」は従来、食欲や性慾、ストレスといった本能的な感覚を司る領域であると考えられていました。ですが、スタンフォード大学と中国の科学者チームで行った研究によると、視床下部の室傍核という領域が「 情報の整理」を担い、学習の質を左右しているということがわかりました。


研究チームはマウスを用い、まず最初に、水を飲むときにそれに先立って匂いの刺激を与えることで、水と匂いという2つの刺激を結びつける作業を行ないました(いわゆる条件付け)。

その後、同じ匂いを嗅がせたあとに不快な強い風をマウスに当てて、今度は風と匂いを結びつました。そしてそのマウスの視床下部の細胞の働きを調べると、半分の領域は匂いに反応し、半分の領域は風に反応しました(水の情報はなくなった。)

さらに、匂いを嗅がせたあとに風よりも不快な刺激である電気刺激を与えて、同様に視床下部の細胞を調べると、予想に反して視床下部の3分の1が匂い、3分の1が風、3分の1が電気刺激に反応するという結果になりました(風の情報はなくならなかった。)

つまり視床下部では、自動的に新たな情報が上書きされるのではなく、必要な情報かそうでないかを選別しているらしい(不快な情報は残りやすい?)ことがわかります。


この結果から研究チームは、視床下部が情報の整理に関わっているのであれば学習にも何かしらの関与をしていると考え、視床下部の働きをコントロールできるよう遺伝的改変を加えたマウスを使った実験を行い、視床下部の働きが学習の質を左右しているらしいことを確かめました。





今回の発見は実際的な治療への応用も考えられています。例えば、視床下部の働きをコントロールすることで薬物やタバコ、アルコールなどから得られる快楽の感覚を消去することで、中毒患者を治療することができる可能性があるというのです。





<今日のフレーズ>
今日は記事の冒頭、未知なる脳についての導入部の文章をご紹介します!


"Le cerveau, malgré la science qui ne cesse de se développer au fil du temps, reste l’un de ces mystères que nous avons encore du mal à percer aujourd’hui, et pour cause : bien que le mythe qui raconte que nous n’utilisons que 10 % de nos capacités cérébrales soit totalement faux, le fait est qu’il reste l’un des organes les moins connus, mais surtout le plus complexe de notre organisme."


「時とともに進歩し続ける科学をもってしても、脳は未だに未解明の謎であり続けています。そのために、私たちは脳の僅か10%しか使っていないという神話は完全に間違いで、実際は、脳は最も複雑な器官でほとんどその仕組みがわかっていないのです。」












学習の質が視床下部の働きと関わりがあるということは、興味がないこと・嫌いなものを学んでもなかなか身につかない(共にストレスを感じる状況下)、良いことよりも嫌なことの方が頭に残りやすい、という事実についても何となく納得できる気がします。


何故そうなのかは良くわからずあくまで僕の勝手な想像ではありますが、元来動物の脳は「快楽を求める・不快を避ける」という方向性に進化しているのかもしれません。ストレス下では学習よりも生存本能に従う行動の方が優先されるとか、不快なことには二度と出会わないように頭により記憶しやすくなってるとか、そういうことなのかも??だから大脳と視床下部は独立器官ではなくて連携し合うようになっている??


また、動物としての本能や基本的な体の神経的・ホルモン代謝的な制御を行っているのが視床下部なので、それをもう少し拡大して考えると、大脳は体全体の働きそのものと繋がっているとも言えるのかもしれません。体が不調であれば脳の記憶にも何かしらの影響があったりするというのは何となく感覚的に頷ける気がするので、体の健康がそのまま脳の働きを向上させることになるのかも。



記事冒頭でも書いたのですが、最近はどんどんICT&効率化の流れが加速してきているし、学習=頭(大脳)っていう単純な構図になっている気がします。便利になればなるほど効率化していって、時間がかかる面倒なプロセスをすっとばした、言い換えれば「体の介在が失われた学習」に変わっていってしまいます。その流れを止めるというのは難しいですが、非効率の中にも学習に寄与するものがある、時間をかけて学んだものほど「体に染み付いて忘れにくい」と僕は考えているので、視床下部が学習に関与しうるという今回の研究は何となくそれを支えるような内容のものでちょっと安心しました。
記事の実験では、視床下部の何をどう刺激して学習効果が変化したのかがよく分からなかったので、もっとはっきりとしたデータが出てくるのか、今後を期待したいと思います。






てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



4月から息子カズマグナム2号が保育園から幼稚園に変わるのですが、今その上で1つ大きな壁が立ちはだかっております。



トイレトレーニング、いわゆるトイトレってやつです。



今カズマグナム2号はまだ2歳8ヶ月で、4月入園時点ではプレにあたる年齢なのですが、そんなことは関係なく入園にあたってはまず「オムツが外れていること」が大前提。夜寝るときを除いて日中はちゃんと一人でトイレにいって用が足せるようになってなければ入園は保留という、中々にハードな要求を突きつけられているのです。


幼稚園では1時間に一回のペースでトイレに連れて行ってくれるみたいなのですが、そのインターバルの間にお漏らししてしまったらヤヴァいですよというわけです。ひぇー。



てことで昨年末から休日や仕事の後など、僕が家で過ごすときは基本的にオムツを外して普通のパンツを履かせて過ごすようにしているのですが、まだまだ成果は出ておりません。

おしっこは最初の頃ダダ漏れだったのが、最近はちゃんと訴えることも少しずつ増えてはきましたが、でもまだたまに失敗もあります。そしてウンチに至ってはほぼ失敗ばかりで、先週ようやく自分で「ウンチしたーい」といってトイレで成功したくらい。それでもたまたまの可能性は大いにあって油断できず、果たして入園までに安定してトイレができるようになるのか??超不安です。


この3月で今の保育園は辞めてしまうし、もし入園できなければ路頭に迷ってしまう。おまけに4月は第二子カズマグナム3号が生まれる予定なので、さらに不安要素が控えていて、一体どうなることやら??まあ焦っても仕方ないというのは頭ではわかっているものの、現実は容赦なく迫ってくるわけで。。



早くトイトレ成功して、ちょっとでも安心できればなあーと思う毎日です。







さてさて、今日も記事のご紹介でーす。





↓(フィガロの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事







タイトルは、
「日本政府、コスプレの規制化を目指す」
という感じでしょうか。







日本のアニメや漫画のブームから、その登場キャラクターに扮する「コスプレ」文化が世界的に広まっています。そして日本政府も「クールジャパン」と銘打って、国をあげて日本のアニメや漫画文化をもっと世界へ発信しアピールしていこうと躍起になっています。

一方で日本政府は、「コスプレは原作者の著作権を侵害する恐れがある」として、SNSなどでコスプレの写真や動画をアップする際には権利者(つまり原作者)へ許可をとり、それにより利益が出た場合は正当な著作権料が支払われるべきだと考えているようです。


コスプレの活動は趣味で行うアマチュアの人々だけでなく、SNSで活動することで収益を得ている「プロ」もいます。コスプレはこれまでこれといったルールがなく曖昧な領域でしたが、今後実際にルール化されれば、規制によって原作者の権利が保護されるようになりそうです。


政府は著作権の有無を調べられるデータベースを作成することを提案していますが、コスプレイヤーからは、直接権利者にコンタクトを取れるように制度を整えて欲しいとの訴えも出ています。


また、規制がコスプレ文化自体の衰退に繋がらないかという点や、「プロ」コスプレイヤーと原作者の利益配分をどうするのかなど、懸念材料もまだまだ残っているようです。


↓こちらは記事で紹介されていたプロコスプレイヤーのえなこさん。政府からクールジャパンアンバサダーに任命されているようで、Instagramで月に1000万くらいの収益を上げているようです!すげー

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<今日のフレーズ>
今日は記事冒頭の、コスプレ文化の世界的広がりについて語る一文をご紹介します!

"Véritable phénomène au Japon et dans le monde, le cosplay pourrait à l'avenir faire l'objet de droits d'auteur. Se déguiser en personnage de manga, de dessin animé ou de jeux vidéo peut représenter une vraie manne financière."

「日本発祥で今や世界中に広がるコスプレ現象が著作権の対象になりそうです。それは、漫画やアニメ、ゲームの登場人物に扮することが利益を生む手段の一つなり得るからです。」

↑ちょっと日本語には接続詞を補いました





キャラクターグッズなどの関連商品はモノとしての値段がはっきり決まっていて、キャラクターの恩恵によって利益を上げているかどうかも明らかなのですが、コスプレで広告収入を得ているという場合はその利益が目に見えにくい部分があって、著作権の問題はこれまで見落とされていたのかも知れませんねー。

確かにグッズやコスプレの広告収入の利益は元になっているキャラクターの人気に左右されるわけで、そう考えると利益の一部が原作者に還元されるのは当然のような気がします。

でも一方で、原作者はもし著作権料がなくても、自分の生み出したキャラクターが広く世間に周知されるという点で間接的に利益を得ていると言えなくもないし、コンテンツの海賊版とか偽ブランドなどはそれが出回ることで元々の作品が明らかに不利益を被るわけだけど、グッズやコスプレによる利益は原作の価値を減らすものではない(むしろ知名度を上げる)のだから、そういう観点でいうと著作権は無くてもいいのでは?という考え方もできるんじゃないかと、ふと思いました。

これはちょっと暴論かもしれませんが、何でもかんでも権利で守るっていうのも、何だかつまらないなーという気がするのです。そりゃお金はほしいだろうけど、著作権フリーになったら広く人々の目に触れやすくなるんだしなー。。それぞれが財産を占有するんじゃなくて、共有するほうが全体として豊かになるんじゃないだろうか、なんて。





まあそんな簡単な話ではないんでしょうけど、、







てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



抜きましたよ、親知らず。とりあえずの開放感。でも2時間以上ガリガリ歯を削って、やっとこさって感じで終わったとき、最早開放感すら感じなかったかも。何というか、虚無感?



そして今回は処置の何らかの影響なのかよく分からないのですが、術後舌の付け根にでかい炎症が出来てしまって、親知らずを抜いた跡よりもむしろその舌炎に苦しめられました(一週間近くたった今でもまだ痛い、、)。


まあ昨年夏に息子カズマグナム2号から手足口病が感染して口の中が炎症だらけになった時のことを考えると数倍マシですが、それでも結構ダメージは大きくて、やっぱり食事が美味しく食べられない、食事の時間が苦痛であるというのは、辛いものがあると改めて実感しています。。



こういう時、日常生活を平凡に過ごせることの有難みをしみじみと感じるのですが、人間というのは愚かな生き物で(僕だけなのかもしれませんが、、、)、喉元過ぎれば結局熱さを忘れるということに相成ってしまうわけです。トホホ。




そういえばこないだ大森立嗣監督の「日々是好日」という映画を観たのですが、お茶の先生役をしていた樹木希林(故)さんが「毎年毎年同じことの繰り返しだけど、同じことを繰り返せるって有難いこと」みたいなことを言っていて、今はその言葉が寒日のお茶の様に心に染みています。。







さてさて、今日はネットで流れてきた記事を1つご紹介します。





↓(Valeuractuellesの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事






タイトルは、
「女優のキーラ・ナイトレイは、男性映画監督が撮る<男目線>のセックスシーンには出演したくないと語る」
という感じでしょうか。







近年数々の映画に主演し活躍するイギリスの女優キーラ・ナイトレイが、Metro紙のインタビューで「これからは男性映画監督が撮る性描写のシーンには出演しない」と宣言しました。男性監督による性描写は「虚構」であり、あくまで「男性目線(男性向け)」でしかない、という点が理由です。


彼ら(男性監督たち)のセックスの表現はただ男性を喜ばせるためのものであって、女性のありもしないイメージを観客に植え付けてしまう点で有害である。それは、2歳と6歳の子を育てる彼女にとっては看過できない現状でもあります。


では何が女性にとって「適切な」セックスなのか?彼女は「子どもを産むプロセスとしてのセックス」や「女性監督が撮るセックス」を例に上げています。



彼女がこのような立場を表明するのは初めてのことではなく、ウォッシュ・ウェストモアランド監督の「コレット」に主演した際には「現代の映画作品にはもう出たくない。現代の作品ではいつも女性が虐げられるから。一方で歴史を描く作品にはもっと刺激的な女性の役がある。」、と語っていました。

実際、コレットに出演するまでに彼女は「ある公爵夫人の生涯」や「アンナ ・カレーニナ」、「プライドと偏見」といった歴史作品に多く出演しています。




<今日のフレーズ>
今日はキーラ・ナイトレイの性描写を批判するコメントの一部をご紹介します!

"Je me sens très mal à l’aise maintenant à l’idée d’essayer de représenter le regard masculin. Il y a de moments où je me dis : ‘Ouais je vois complètement pourquoi cette relation sexuelle serait très bien dans ce film mais en fait vous avez juste besoin de quelqu’un de sexy "

「私は男性目線を代表しようとする考えをとても不快に感じます。私はこう思うことがあります。<ええ、この映画にセックスシーンがぴったりハマるという理由はよくわかる。けど実際は、あなた達(男性達)は誰でもいいからセクシーな人を映画に求めているだけ。>」










キーラ・ナイトレイってLa comédienne britannique(コメディ女優)っていう括りなんですねー。僕は「はじまりのうた」と「プライドと偏見」で観たことがあるだけでしたが、すごい美人だなぁって結構強く印象に残った記憶があります。


記事の中で彼女が批判している「セックス」というのが、実際の行為としてのセックスのことなのか、性の描き方を含めたことなのかがイマイチ掴めなかった(多分普通に前者だとは思う)のですが、とにかく女性の思うセックスと男性の思うそれとがズレているので、それが耐えられない。男性的視点からの描写に与するような仕事はしたくない。ということなんだと思います。




まあそりゃそうだ。映画やポルノで描かれるセックスが現実にも当てはまると考えがちな男性がいて、それが男女のすれ違い、場合によってはレイプ事件にまで発展してしまうという話はよく聞きます。普通に考えたら「ありえないよなー」って思える描写でもそうであると信じられてしまうのは、何故なんでしょう??






僕はこれは性教育が不十分であるということと、男性の理想化的な思考が原因なのではないかと思います。


アメリカはどうか知らないですがフランスは結構性教育に力を入れているようです。一方で日本は国民性もあってか、なかなか性教育が浸透していない。なので、メディアで見る男女の関係がそのまま現実であると認識しがちであるので、性暴力が結構起こるということになります。(とはいえ、フランスは一方で性暴力の数が断トツ多いらしいんですが、これは男性のアプローチが強いとか、何かしら他の理由がありそうです。)


あとは、男性の「こうあって欲しい」とか「こうあるべきだ」みたいな願望や理想が強くて、現実の女性像が歪んでしまうというのもあるのかもしれない(女性は強く迫られるのが好きだとか、嫌よ嫌よも好きのうちとか、そういうバイアス)。




あくまで僕の想像ですが、こういった男女間のすれ違いが原因で、映画の描写も偏ったものになるのかもしれません。




とはいえ、キーラ・ナイトレイみたいな大女優だからこそ出演映画の選り好みができるのであって、そうでない人達は生活のために嫌でも出演せざるを得ないのだろうし、キーラ・ナイトレイが断ったって他の人がその代わりを務めるようになるのではないか??そういう構図が変わらない以上、映画の描写そのものが今後大きく変わっていくのかというと、ちょっとわからないですねー。むしろ「何をわがまま言ってるんだ」的な意見が男性サイドからいっぱい出てきそう。。










彼女の姿勢が今後の映画界にどんな影響を与えていくのか??見守っていきたいと思います。









てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。



来週僕の35歳の誕生日なのですが、その誕生日の夜に親知らずを抜く治療を予約してしまいました。

これでもう4本目で、つまり人生で最後の親知らず治療ということになるのですが、きっと治療の日は麻酔とかしてて食べ物が美味しく食べれなくなってしまうと思われるのに、仕事の影響が一番少なくなりそうな日を、と考えたらその日になってしまったわけです。

今まで親知らずを抜いたときには、腫れたりとか痛くて堪らないみたいな経験をした記憶が無いので、きっと今まではスムーズに抜けたってことなんだろうなー。でも今回の親知らずは横向きに生えていて隣の歯に思いっきりぶつかってる感じになってるらしいので、治療に手間がかかるらしく、そう聞くと後の痛みもひどいんじゃないかと今からちょっとビビっております。



痛い思いした上に食べ物も美味しく感じない誕生日を迎えるということにならなければいいんだけどなー、こればかりは上手に抜いてくれることを祈るばかりです。。




さて、今日も記事のご紹介。



↓(リベラシオンの記事)

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↓(記事のURL)

今回の紹介記事






タイトルは、
「<ヴォーグ紙>、カマラ・ハリス氏の表紙で物議を醸す」
という感じで。





バイデン大統領政権の副大統領に選出されたカマラ・ハリス氏が表紙を飾ったアメリカ版ヴォーグ紙が、SNS上で物議を醸しているようです。何が問題だったのかというと、上記写真の表紙で着ている彼女の服と、履いているコンバースのスニーカーです。

具体的には、彼女の着ている白のインナーTシャツが、ジャマイカ系の父とインド系の母をもつハリス氏の肌の色を際立たたせているという点、コンバースのスニーカーが<シックな>ヴォーグ紙のコンセプトにそぐわないという点のようです。


肌の色に対する配慮が欠けていると指摘を受けたヴォーグ紙編集長のアナ・ウィンター氏は、過去にも雑誌が人種差別的であると批判された経緯があります。ですがヴォーグ紙は、アフリカ出身のフォトグラファーや編集長(イギリス版ヴォーグ)が社内で起用されていることからも、批判の内容を否定しています。



また、ハリス氏のスタイリングそのもの(黒のパンツとブレザーに白のトップス、コンバースのスニーカー)にも批判があがっています。もともとヴォーグ紙は上品(シックな)志向の雑誌で、過去にミシェル・オバマ氏(オバマ前大統領夫人)が表紙を飾ったときもドレス姿で撮影されていました。

一方ハリス氏は高級感や優雅さよりも現代的でアクティブな、自然体の女性を体現したような人物であるため、そういう点で今回のスタイリングは、既成の女性イメージを覆すという意味合いが大きかったのかもしれませんが、敬意に欠けた人種差別的な、美的センスのない表現だと酷評されているのです。

それに対してヴォーグ紙は、今回の写真撮影においてはハリス氏を尊重し、表紙の写真は彼女や彼女のチームと入念に打ち合わせをして作り上げたものであると答えています。



結局ヴォーグ紙は批判を受けて、政治家として、雑誌の表紙としてより相応しいイメージの写真に代えたものをTwitterやInstagramにアップしているようです。




<今日のフレーズ>
今日はスタイリングの批判を受けたヴォーグ紙の弁明のコメントをご紹介します!

"Notre approche […] a été de la saisir en tant que leader et individu, et tout à son aise, donc nous avons étroitement collaboré avec elle et son équipe sur tous les choix créatifs, y compris ceux concernant sa mise et son apparence pour la séance photo."


「ハリス氏をリーダーとして、個人として、そして彼女がリラックスできるように守ることが私達の役目でした。なぜなら私達は、彼女の被写体としての立ち居振る舞いを含むあらゆるクリエイティブ上での選択について、彼女や彼女のチームと緊密に協同しているからです。」







正直個人的には「そんな事が批判されるのか」って思ってしまいましたが、影響力のあるメディアや人物ってあらゆる方面にアンテナを張っておかないといけないんだなーと思うと、何だか気の毒に思えてしまいます。


肌の色とトップスの色のコントラストについてはまあ「そういう見方もあるんだなー」って感じですが、「スニーカーがシックでない」という批判が僕はよく分からない。てかそもそも「シック(品があるとか、おしゃれとかの意味」という価値観自体よく分からないです。そんな絶対的基準ってあるのかしら??


ハリス氏の履いていたスニーカーはなぜシックではないのか?スニーカーというアイテムそのものがシックでないということ?それともコンバースだから?だったらハイブランドの手掛けたスニーカーならシックなのか?でも「チープシック」なる言葉もあるくらいだから、値段がシックの基準ではないのかもしれない。じゃあコンバースのスニーカーがシックではない理由は何なのか?


考えても僕にはよくわからない。てか結局シックかそうでないかって、何を身に着けているかということではなくて、「誰が身に着けているか」が基準になってる気がします。例えばペネロペ・クルスとかレア・セドゥ(いまパッと頭に浮かんだだけで、特に意味はありません、、)が今回問題視されている装いをしていたとしたら、同じように批判されていたのかというと、そうじゃない気がします。むしろ、新しい女性像としてすんなり受け入れられていたんじゃないか??




言いかえれば、シックかどうかは「サマになっているかどうか」ってことなのかもしれない。着る人が着れば労働服や囚人服でさえシックに見えるだろうし、どんな高級服でもそれを着こなせなければ「ダサい」となってしまう。


今回のヴォーグ紙への批判について考えると、ハリス氏が「シック」でなかったのであれば、それはスニーカーが悪いということではなくて、彼女のイメージとかキャリアにピッタリはまっていて、尚かつ洗練された服装というのをプロデュースできなかったという点において批判されるべきなのではないかと思います。


女優はもともとファッションと親和的だと思うけど、政治家はそうではない。とすると、シックな表現にはより演出力が求められる気がします。今回はハリス氏やハリス氏のチームの意向を汲んだ上での演出だとヴォーグ紙は言っているわけですが、それはとりも直さず客の言いなりになっているに過ぎないということになるので、やっぱりヴォーグ紙の手落ちだったと言わざるを得ないのかもしれません。






まああくまで僕の個人的な解釈に過ぎませんが、、、














てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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こんにちは、カズマグナムです。


実はこの春にカズマグナム家では第2子が産まれる予定なのですが、同じ時期に出産予定だった同僚が先日緊急の帝王切開で早期出産したと聞いて、いきなり危機感を感じ始めてしまいました。

まだ2ヶ月あるなーなんてのんびり構えていましたが、いつどんな理由で産まれるかはわからないという事実を身近で目の当たりにして急にビビってしまい、この週末はバウンサーを買ったりベビー服や哺乳瓶を買い揃えたりと、急に我が家は出産準備モードに突入しました。


第一子であるカズマグナム2号(2歳8ヶ月)の時は、予定日ぴったりに破水→出産って感じだったので正直油断してましたが、場合によってはもう来週には第二子が産まれてるかもしれない。いやー心の準備ちゃんとしとかないとなー。しかも今回は保育園のこともあるしバタバタしそう。





コロナもなかなか収束しなさそうだし、どうなることやら??






さてさて、今日も記事のご紹介。





↓(リベラシオンの記事)

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↓(記事のURL)

紹介記事のリンク





タイトルは、
「2021年、貧困国にプラスチックゴミを押し付けるのはより困難に」
という感じでしょうか?





2021年の1月1日から、EU諸国がリサイクルが困難であったり選別されていない粗悪なプラスチックごみを許可なく他国に持ち込むことを禁ずる規制が施行されました。


2020年12月22日に委員会によって発行された新たな規制では、「受け入れ国に対して輸送の依頼をすること」・「受け入れ拒否を認めること」を条件としており、これまで「先進国のごみ捨て場」とされていた貧困国(中国やマレーシアを始めとするアジア諸国を中心とした国々)をより保護できる内容となっています。


上記の新たな規制に加え、廃棄物の国境を越えた流通について定めた「バーゼル条約」の改定も進められています。これまで条約上プラスチックごみは申告するだけで良かったのですが、今後は認可性に変わっていきます。受け入れ国は、搬入されるプラスチックゴミが汚染されていたり混合されていたりしてリサイクル不可能だった場合、拒否することができるのです。

また、この条約を批准していないプラごみ大国アメリカも規制の対象となっており、一方では今後ごみの流れがアジアからアフリカへと移っていく可能性も危惧されています。



関係者は今回の規制でプラスチックごみの量が5年前の水準まで戻ると考えており、フランスの外交筋は規制のおかげでプラスチックごみの流通を正確に把握できるようになってくると指摘しています。




<今日のフレーズ>
今日はこれまでのプラスチックごみ廃棄の現状について語るIPEN(国際汚染物質廃絶ネットワーク)の関係者のコメントをご紹介します!

"Pendant trop longtemps, les pays développés comme les Etats-Unis et le Canada ont exporté leurs déchets plastiques et toxiques vers les pays d’Asie en affirmant qu’ils allaient y être recyclés. Mais au lieu de cela, la plupart de ces déchets contaminés ne pouvant pas être recyclés étaient jetés ou incinérés, ou bien encore se retrouvaient au fond de l’océan"


「アメリカやカナダのような先進国は非常に長い間、プラスチックや汚染された廃棄物をリサイクルという名目でアジア諸国に持ち込んでいました。しかし実際のところは、リサイクルできない汚染廃棄物の大半は投棄や焼却されたり、海底に沈められたりしています。」






確かに新たな規制によってアジア諸国のような貧困国へのプラごみ持ち込み問題は減るのかもしれませんが、ゴミの量そのものが減らない限りは、リサイクルできないごみを持て余して投棄していた主体がアジア諸国から先進国に変わっていくだけのような気がするなー。結局はたらい回しのような感じで。出てしまったゴミはどっかに捨てたり埋めたり燃やしたりしないと仕方ないですからねー。勝手に減ってくれるものではないので。


ゴミをリサイクルとかエネルギー資源に使えばいいじゃんって意見もありそうですが、現状ではリサイクルしにくくて結局焼却されているごみもかなりあるそうなので、リサイクル率を上げるためにリサイクルしやすい製品に変えていくということ、分別をさらに厳密にすること、というのは勿論大事なのですが、「リサイクルするからごみを捨ててもいいんだ」みたいな発想になると結局ゴミを捨てる側の意識は何も変わらないので、「使い捨て文化」からの脱却がどうしても必要だと思います。


衛生的にもコスト的にも使い捨て製品は魅力的なので、消費者がそこから脱却することは中々難しいかもしれませんが、こういう動きは基本的に懐に余裕のある富裕層からしか始まらないような気もするので、そこから徐々に浸透していって「プラスチックごみを削減するためにかかる諸々のコスト」を下げていってもらわないとなーと思います。脱プラとか脱使い捨てに取り組みやすい社会の土壌をまず作っていかないと。






あと、アジアへのゴミの持ち込みが許可制になることで、確かにアジアがごみ捨て場になることは防げると思うのですが、ある意味それで成り立っていた経済というのも一方ではあるのではないかな?とも思います。ごみ処理を生業としていた人たちはそれで仕事が減ることにもなる、のだとすると、環境問題とは違う面での課題が新たに生まれてくるのではないか??






大きな問題をミクロな視点で解決するのはちょっと無理で、対策すれば新たな課題がまた生まれるというのも常だと思うので、今回の規制はあくまで色々やるべき課題への方策の1つとして捉えるべきで、これでオッケーってムードにならなければいいですけどねー。








てことで、今日はこれでお終い!



À bientôt !!






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